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初音ミクについて

まず初音ミクについてお知らせしなくてはいけないのですが、私は初音ミクの力を借りて会ったこともない人達とコミュニケーションをとるでしょう。勝浦はそれについて言及しませんでしたが、いつものニヤリを私にプレゼントしてくれました。彼は脳内のゴキブリをサンプルとして頭が常々冴え渡っている私を見つけてはいつもニヤリと笑います。関係性でいえばDTMの扱いのうまい勝浦の方が冴えているように見えますが、彼の不器用さは公園の砂場にておもむろにボロンするアレを見れば人々は逃げていく、それで説明がつく事かと思います。
私はそれを拒絶も承認もしませんでした。きっと世の中にはコミュニケーションの手段として様々なツールが用意されていることでしょう。私にとって初音ミクは友達でした。それと同じように砂場でボロンもまた彼にとっての友達だったのかもしれません。だからこそお互いがそれについて言及しません。けれどもどこかで誉を押しつけあっているのではないかと、そんな気がしています。

私はかつてバンドをやってました。ドラムに引き入れたハリバネというあだ名の男は自宅にスタジオを所有しており、なかなかの小金持ちでした。はじめて彼のスタジオにインした時に、そこは土足厳禁らしく、あぁそうなんって言いながら靴を脱いで上がろうとすると、ハリバネは下足ブースのわきに置いてある足の裏シュッシュッみたいなやつを指差し「それ、シュッシュッてやってから上がってね」と言いました。あぁそうなんって言いながら足裏シュッシュッをやろうとした時に、横にいたチュンさんがシュッシュッを蹴り飛ばして「shoot me?!」って言いましたところ、ハリバネは死にました。
バンドはそれからやってません、今の時代はすごくてパソコン一台あればハリバネは要らないのです。私は一人でパソコン音楽をやりました。インスト曲をたくさん作りました。その頃ボーカロイドの存在を知ってはいましたが、なぜか手に取る事はありませんでした。自分で歌を歌う事もなく、それはなぜかを考えた時に私は言葉の強さを信じていたからだと思います。チュンさんの「shoot me?!」が今なお同じ熱量で私の心を打ちます。しかし当時の自分は弱く、その言葉で死んでしまったのはハリバネだけでなく、私もまた死んでしまったのではないかと考えるようになってしまい、私はやがてパソコン音楽をやめてしまいました。
それから6年間の素描を経たあと私の中のバーミーは研磨され、ようやく本当の言葉を手に入れた気がしました。そのかわり状況に対する適切な反射神経を失ってしまいましたが、バランスは良くなったと思います。そこからまた2年の作曲を経て今に至ります。その2年間の途中で私はパソコンに初音ミクを迎え入れました。彼女が何よりも素晴らしいのは足裏シュッシュッを強要しないという事でした。ハリバネもチュンさんも初音ミクに出会っていれば、そこにはまた違った未来があったのかもしれませんね、、おわり。

追伸
勝浦とハリバネは面識がございません。

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